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神戸が経験した希望のあとの喪失感

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神戸にいて思うこと。

震災以後は、

震災を語りたがらない神戸だった。

震災を思い出したくない、という

空気で、神戸の人ほど語りたがらない。

でも、今は、何かの役に立とうと、

あの時の記憶が湧き出てきて、

神戸で震災を語ることがむしろ積極的になっている。

あと、神戸にいて感じられたのは、

地震の時に、「何かはじまるような高揚感」が、

「また同じ普通の日々が戻ってきた」時の、

喪失感だ。

その「あとでやってくる喪失感」を含めて、

神戸は経験している。

だから、村上龍さんの文章には個人的に違和感がある。

感動的で、

ニューヨークタイムス用の原稿だからか、

なおさらキャッチーに響くけれど。

神戸の時も地震のあとに、喪失感が戻ったように

この国の心の問題は、

今も変わらないであるように思う。

また、被災地には、やがて、喪失感がやってくる。

それを神戸は経験したこともまたひとつの伝えなければ

ならないことじゃないのかな。

「全てを失った日本が得たものは、希望だ」村上龍

http://bit.ly/dRf7Ws
[ 2011/03/19 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

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