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神戸新聞夕刊、ボツになった原稿公開

ぎしぎし

 心のなかにふたつの気持ちが同時に、同レベルに存在する。

 つまり「死んで無になりたい」という気持ちと、「生きているってなんて素晴らしいんだろう」という気持ち。

 その狭間で「ぎしぎし」と違和感が起こって、「ぎしぎし」と人生になっていく。

 苦しいよ。

 楽しいよ。

 投げ出したいよ。

 大切だよ。

「この世界はなんて美しいんだろう」という気持ちと、「なんて汚れて腐りきった世界なんだろう」という気持ち。

 ぎしぎし。

 ぎしぎし、と聞こえる。

 苦しいよ。

 楽しいよ。

 投げ出したいよ。

 でも、大切にしたいんだ!

 この違和感を大切にしたいんだ!

「自分の価値や存在意義なんて見つけられない」という気持ちと、「僕はここにいてもいいんだ」という気持ち。

 愛しているよ。

 嘘つけよ。

 苦しいよ。

 でも大切にしたいんだ!

 その違和感を大切にしたいんだ!

 そんなふたつの気持ちが同時に、同レベルであることへの悩み。

 でも生きていくのにはそんな違和感が必要な気がするんだ!

 いつも心のなかは「ぎしぎし」と聞こえる。

 その「生きにくさ」を説明しようとすると、あまりいい結果には辿り着けないことが多い。

 なんだか心のなかが「ぎしぎし」とするんだ。

 こういう表現で伝わるだろうか。

 その違和感を愛する。

 ぎしぎし。

 ぎしぎし、と聞こえる。

 大切だよ。



神戸新聞夕刊エッセイ、
はこちらで読めます

http://sumishi.blog114.fc2.com/blog-date-20130828.html
[ 2013/05/31 ] ブログ | TB(0) | CM(0)

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